2017-04-27

no title

ここのところ
怖いと思っていたことから少しだけ
解放されたような
そんな感じです。


もちろん
去年体験した地震は
いろんな意味でまだ怖くて
それが全然平気ということには
ならないと思うのですが。


物理的な恐怖感とはまた別にあるもの。
人の行動や思考は
そんな恐怖感を避けるために行うと
よくないのだなと
改めて思います。


それはどういう恐怖感か。
例えば
誰かに否定されるのではないかという恐怖感。
今あることがなくなってしまうのではないかという恐怖感。
それをただ避けようとすることは
起点が自分じゃなく他者にあるというところに
問題があります。
その恐怖感は誰かのせいということになります。


誰かに否定されても
それはその誰かの自由。
そして共感しあえる人も必ずいると思うこと。
今あることがなくなっていったとしても
それはそうなるに至ったのは自分に理由があるはず。
もしかしたらその変化は進歩が故かもしれない。
そう捉えれば
恐怖感ではなくなり
いくらでも解決出来ると思えます。


ある時期から
そう思うことで
いろんなことを乗り越えてきたと思っていたけれど
そういう恐怖感を感じることは
目の前に違う高さのハードルを
その都度に置かれるかのように
繰り返し起こります。


今 ようやくその高さが
見えた感じ。
あとは思い切ってえい!と
飛びこえようとする勇気を持つことのように
思います。


あと
もちろんそれに見合う体力をつけるための
準備も必要ですけどね。笑
日々いろんな衰えも受け入れつつ
でも経た時間がないと至らなかった考えや気持ちは
何にも代えがたいということも
感謝しつつ。


今 原稿を読んでチェックしたり
実際書いたりしているので
いろんな本に触れているところ。
平野啓一郎さんの小説や牧野伊三夫さんのエッセイ
アルテリなどに続いてこの3冊。
はあ。文章って難しい。
すぐに頭が熱を帯びてきます…。

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